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おはぎ再び

 2011-03-30
4色おはぎ

お彼岸を過ぎましたが
やっぱり甘いものが食べたくて
おはぎを作りました。

こしあん、つぶあん、黒ごま、そしてきな粉の4種類。
以前炊いて冷凍してあった
もち米+うるち米半々のごはんを電子レンジで温め
すりこぎでぺったんぺったん搗いて
小さめに丸めてあんこで包みました。
黒ごまときな粉は
ミネラルたっぷりの赤茶色の粗製糖と
深い味の沖縄・西表島の塩を混ぜて味付け。

お気に入りの織部粉引八角大皿に並べ
煎茶椀は備前焼です。

きな粉を買いに行ったスーパーの棚は
もうほとんど商品で満たされていました。
棚が空いているのは牛乳とラーメンとヨーグルト
ペットボトルの水、そして製造工場が破壊された納豆ぐらいでしょうか。
お一人様パン一斤までという札も取り去られていました。

ガソリンも並ばなくても手に入ります。
みんなの節電意識がそうさせたのか
計画停電と言えど、中止になることも増えて来ました。

これからは、元気な人が元気のない人へ
元気を届ける番です。

美しいもの
美味しいもの
暖かいもの
楽しいもの
面白いもの
安らかなもの

そしてなにより
安心できる状況をこの日本全体に広げるべく
奮励する時が来たですね~。

差し当たって私は
身ぢかな家族へ、ちょっと珍しくて、ちょっと日常を越えてて
ちょっと驚きがあるような美味しいものを日々、届けることにします。

実は昨日酷い虫歯の歯を抜いて
痛くてフラフラで涙チョチョ切れ状態なのですが
ひたすら安静にしているよりも
何かしらちょこまか作っていた方がはるかに気が紛れるので
アトリエとキッチンを往復しながら過ごしているところ。

(しっかし、いくらミニサイズとはいえ、3人家族で12個ものおはぎ
いったい誰が食べるんじゃい~!?orz)


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ケーキを焼く

 2011-03-28
抹茶大納言シフォン

ふと思い立って、ケーキを焼きました。
大納言甘納豆を散らした抹茶のシフォンケーキです。

ふと、何か
ふわんふわんでほんのり甘い、そんなものを口にしたくなったのです。

TVでは連日、禍々しい天災・人災を
のべつ幕無しで放映しています。
震災後半月が過ぎて
ある程度日常な番組が増えて来たものの
未だ灰色な被災地や
陽炎の彼方に揺れる原子力発電所の建家が映る度に
なにか画面から気力が吸い取られて行くようで。

なくて困る事はないようなものだけど
あればあったで何となく気分がほっとするものを食べたい!
しかし街のケーキ屋さんに毎日買い出しに行ける程の予算はなし。
それなら自分で作っちゃえ!
というわけで…

親類にお菓子を焼くのが天才的に上手な人がいるので
彼女のブログからレシピを習い
これまでスフレチーズケーキ2個
それから紅茶シフォンケーキを1個を焼きました。
この抹茶シフォンケーキは4個目です。

お菓子、特にチョコやケーキは
分量、温度、時間等厳密にならないと上手く行かないものです。
何かはしょると、その分が2倍、3倍のダメージとなって
しっかり返って来ます。
だから秤できっちり計り
卵や牛乳は室温に戻したり湯煎したり氷水に当てたり。
オーブンに入れてからも油断はできません。
温度計とタイマーとにらめっこです。

結構集中してやらないと失敗するので
作っている時はかえって目の前の恐ろしく厳しい現実から
ほんのつかの間目を離して和むことができます。
それ故に、なーんか無性にお菓子、特にケーキのような
ほの甘くて軽くてふんわかした非日常な食べ物を
作りたくなってしまうのでしょうねー。

作り手がこんな感じで
我が家のニーズなんかそっちのけで
バンバン焼き続けるものだから
家族はきっと食傷しているでしょうね。

あ、ちなみにお彼岸には夜9時を過ぎて
いきなりおはぎを作って出し
家族は満腹の上にさらにでっかいおはぎを詰め込んで
ウップ!になってました!!!

「ちょっと待て その親切は 押し売りだ」

おあとがよろしいようで。
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北へ

 2011-03-21
aqualine.jpg

ガスタンク爆発事故が鎮火・終息し
夫の現場消防隊要員のアラートレベルが一段階下がったので
埼玉の夫実家へ行ってきました。

ここ上総の国でもガソリンの不足状況が厳しくて
近くのスタンドはどこも軒並み車が行列していたので
自家用車では行かず
最近就航した市役所前(我が家から徒歩5分!)⇄新宿駅西口の
高速バスを利用しました。
取りあえず代替交通機関があるのなら
火急でガソリンが必要な方たちに回した方がいいからです。

高速道路は葛西のあたりで災害による通行止めで
バスは木更津からアクアライン経由で川崎にまわり
そこから新宿を目指しました。
強い風に海は荒れ狂い
白波が立ち、泡が風に吹き流されて
海面に白い編目模様が浮かんでは消えてゆきます。
沖合には何隻ものタンカーや貨物船が一杯。
時化で港に入れないのでしょうか。
それとも東北に物資を届ける手段を考えあぐねているのでしょうか。
木更津側の海苔の養殖場では
漁民が懸命に浅瀬に竿を建て直しているのが見えました。

新宿からは電力削減のため運転率50%の埼京線を捉まえ
夫実家の最寄り駅には義妹が貴重なガソリンを使って
車で迎えにきてくれました。

いつもなら自家用車で地元の鮮魚店に寄って
トロ箱一杯の新鮮なお刺身やアサリ等を届けるのですが
今回はバス+JRの旅でもあるし
不測の事態に備えて出来るだけ荷を軽くしなければなりません。
せめて手作りのスルメイカの塩辛を仕込んで瓶に詰め
チーズケーキを焼いて手土産としました。

夫実家方面のみんなは元気で無事。
原子力発電所の動向を気にしながらも食卓を囲んで
話に花が咲きました。
お義父さんは鉄鋼関連・工作機械のエンジニアだったので
ニュースで逐一伝えられる原発の内部の様子に
鋭いコメントを突きつけていました。

義妹一家は、三重県の義弟実家を訪ねるため
あちこちかけずり回って何とかガソリンを満タンに出来たようです。

お義母さんと買い物に出たら
近所の生協店舗のパンの棚はからっぽ、魚介類も肉売り場も閑散として
子供用にジュースを買おうとしてもその手のペットボトルは一本もなし。
お米の棚もスカスカでした。

何か違う、何で今ここでパンや米や水やトイレットペーパーをかき集めて買わなければならぬ。
オイルショックで皆が噂に惑わされて買い占めに走ったのは
確か小学校低学年の頃の記憶です。
その頃から変わらず日本人は右へならえが大得意で
最近ではTVで納豆やバナナや酒粕が身体にいいと放送されたら
たちまちスーパーの棚からそれらが消え去り
地震の影響で入荷がありませんという札の隣に
TVの影響で酒粕が品薄ですいませんと札が貼ってあります。

無事を確認し合って帰途につき
夕ご飯は大宮駅で駅弁を買って済ませました。












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虫の報せ???

 2011-03-18
3月11日、振り幅の広い横揺れと、その後激しい縦揺れに見舞われました。
立っていられずにずるずると膝をついて
リビングの丈夫なテーブルの下に潜り込み
テーブルの上に手を伸ばして慌ててTVをつけました。

本棚の重たい美術書がバタバタ落ち
CDの棚からもガラガラと音を立ててディスクが降って来ます。
あろうことか、壁に留めていなかったCD棚が
揺れに合わせてよちよち歩き出して前に進んで来ます。
食器棚の扉が開いたり閉まったり。
アトリエに積んである陶器の絵の具皿が床に落ちて
がちゃりと割れる音。
熱帯魚の水槽はたっぷんたっぷん大波が立って今にも水が漏れだしそうです。

永い永い数分が経って
揺れは止まったのにまだ身体はゆらりゆらり。
テーブルの下からはい出すと同時に
海に面したコンビナート地帯に居る夫から「無事か?」の短いメールが
携帯に届きました。
「棚から物が落ちた程度で大丈夫」と
こちらからも短いメールを返して、今度は娘の安否を確認。
京葉線沿線の高校に通う娘、この揺れだと電車は停まっています。
帰れるか…と思った所で
定期考査最終日で早く終わったため
市内の友人の所に居るとのメールが入りました。

ひとまず家族の無事を確認して、その辺を片付け
TVの地震情報を見ます。
ここ上総の国は、震度5強を記録していました。

帰宅した娘とTVを見ていたら
「…なんか臭わない?」「ガスっぽいよね。」
今の地震で何らかのガス・油等の漏れがあったのかもしれません。
重化学工業地帯なので、ありうることです。

外に出ると、北西の方向にもくもくと巨大な黒煙が上がっていました。
勢い良く吹き出すオレンジ色の火の手も見えます。
そこは、夫の居る会社の方角です。
市の防災無線で、ガスの臭いが立ちこめているので
火の元には気をつけるようにと放送がありました。
家に戻り、しばらくすると

ボズズズズーーーーーンンン

腹に響く低周波の爆発音。
近隣の石油会社のガスタンクが爆発した音でした。
さらに時間を置いて、何度も爆発音が響きます。

「とぉちゃーーーーん!!!」
夫が巻き込まれていたらどうしよう!
2人で顔を見合わせました。
あれだけの大揺れですから
海沿いの埋め立て地は津波の危険もあります。

不穏な数時間が過ぎて
その日無事に帰宅した夫によれば
自分の居た会社建家の、川を隔てて向こう岸のタンクが爆発したのでした。

せんどうの棚

買い物に出ました。
いつものスーパーに入ったら、

がらーーーーーん。

ラーメンの棚には何にも残っていません。
たった一個だけ、「UFO」が鎮座しているだけ。
それも見ているうちに、買い求められて行きました。
その他、米、パン、牛乳、卵、トイレットペーパー等
買い置きが利くものはみんな売り切れ。
近隣から送られて来る生鮮食料品はそれほどでもなく
充分に棚にあったのが救いでした。

あの揺れから丁度1週間。
皆様無事に過ごしておられますか。

今となってはですが
ちょうど米が底をつきそうになって
地震のちょっと前に特売品の米を10kg買い求めてありました。
水もペットボトルを一箱買ってありました。
地震の2日前
今日こそは片付けなくちゃならないという気持ちに圧されるように
御殿付きのおひな様をパッパと片付けてありました。
あのままにしていたら、50年近く前のもの、絶対にバラバラに破損していた事でしょう。
ガソリンも直前に満タンにしてあったので
通勤や買い物に困る事もありませんでした。
生協からもたまたまその週は多めに食料品を頼んでありました。
何かの虫の報せだったのでしょうか。
ちなみに
地震のときお邪魔していた娘の友だちいわく
飼っているハムスターが地震の2日前から餌を食べなくなっていたそうです。


ガスタンクの爆発事故も終息し
日々刻々と変わる計画停電に悩まされながらも
ここ上総の国では比較的穏やかに過ごせています。
ガソリンの買い占め・不足だけはもの凄くて
近隣のどこのスタンドでも50台、60台の長い列。

原発の放射線も気になります。

東北地方の酷い有様をTVや新聞で見るにつけ
心が掻きむしられます。

列島に、春が、来ますように…。
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